第5部:智争荊州一覧

第52話 「劉備、呉を訪ねる」

孫権からの縁談をもちかけられた劉備は、年齢なども考えても釣り合うはずがないと戸惑っていました。 しかし、諸葛亮から縁談を受けるように勧めてきたので、受けることを決定します。 確かに縁談が上手くいけば、孫家と劉家が婚姻関係を結ぶので、魏の曹操にとっては脅威となる事は間違いありません。 劉備は孫乾を使者とし呉に向かわせます。

第51話 「再び荊州を求める」

劉備軍の荊州南部討伐の攻略が完了した矢先に舞い込んできた劉琦(りゅうき)死。 劉琦(りゅうき)に荊州を貸しておく条件で、引き下がっていた呉の孫権は、案の定動き出します。 孫権は、魯粛に劉備が治める荊州を、呉に返還してもらうように言い渡され、命を受けた魯粛は荊州に向かう途中、最前線に戻っていた周瑜に会いに行きます。

第50話「長沙の戦い」

長沙を守る韓玄の配下には、猛将で有名な黄忠が配下にいるため、諸葛亮は関羽に対して6000の兵を与えるといいます。 しかし関羽は、自分の手持ち500の兵だけで良いといって言うことを聞きません。 諸葛亮は、そんな関羽に「華容道での失策」を持ち出します。 腹を立てた関羽は、名誉挽回のために、すぐに出陣していきました。

第48話「魯粛の斡旋」(後編)

周瑜は、魯粛の進言に従いひとまず撤退することに決めますが、孫権のもとへは戻らずに、軍権を返上した上で、柴桑で養生することにしました。 劉備との争いは避け、周瑜を養生させたいと考える孫権の願いどおりに成功させた魯粛は、ますます孫権から一目置かれるようになります。

第48話「魯粛の斡旋」(前編)

曹操軍からの毒矢を受け、荊州の南部まで劉備に奪われてしまい、心身共にボロボロになってしまっている周瑜は、まともに軍を統帥することもできず、意地になっているような印象すらうかがえてしまっています。 このままでは、呉の国も周瑜も危ういと考えている孫権は、なんとか帰還させたいと頭を悩ませています。

第47話「智略で南郡を取る」(後編)

周瑜訃報の報告は劉備軍の陣営に知らせが入ってきました。 劉備は驚くものの、諸葛亮(孔明)は周瑜の策であると考え、すぐに南郡を取るように劉備に進言します。 劉備は一度は悩みますが、諸葛亮(孔明)の判断にゆだねることにしました。 曹操軍・孫権軍の動きを逐一報告をうけていたこともあり、諸葛亮(孔明)には、周瑜の戦略はほぼお見通しとなっていました。

第44話「曹操、華北に帰る」(後編)

許都では、曹操が帰還することを知り、荀彧をはじめとする武将たちや、曹丕などの息子たちが出迎える準備をしていました。 留守を守る荀彧は、西涼軍(馬騰と韓遂)をけん制するために大軍が戻ってくるかのように見せかけるように命令します。 曹操は、翌日9日に帰還することを公表し、南門で出迎える準備をはじめます。

第44話「曹操、華北に帰る」(前編)

曹操は、常々会いたかった人物である司馬懿に、ようやく会う事ができました。 司馬懿は、これまで士官の要請を断っていたことについて説明します。 これまでの丞相であれば、連戦を重ねており、強い状態で力を貸しても重く用いることはないと考えており、赤壁の戦いで敗北した今であれば、自分は重く用いられると思い、わざと居眠りをするふりをしたと説明します。

第43話 「司馬懿、出仕す」(後編)

一方の「赤壁の戦い」で散々に負けて南郡へ敗走した曹操は養生していました。 敗走したボロボロになった武将や兵士たちが続々と戻ってきます。 曹操が横になり休んでいるところ、すすり泣く声が聞こえてきます。 程昱から許褚(きょちょ)が、戦場から戻り泣いていると報告を受けます。

第43話 「司馬懿、出仕す」(前編)

西暦208年に起こった「赤壁の戦い」も劉備・孫権連合軍の勝利で終わり、いよいよ三国鼎立の方向に突き進んでいきます。 100万近くいた曹操の大軍がほとんど全滅してしまい、孫権・劉備の軍勢の追撃から辛くも逃れた曹操は、ぼろぼろになりながら敗走しています。

スポンサーリンク