第59話「銅雀台に詩を戦わす」

張飛と孫乾から「龍広」の知らせを受けた劉備はすぐに飛び出して行き、翌日には耒陽県(らいようけん)に到着します。 劉備自らに会いに行きますが、なかなか姿を見せない「龍広」をじっと待ち、さらに「龍広」の好きな酒を買い振舞おうとしていますようやく「龍広」と対面できた劉備は、非礼を詫びた上で仕えて欲しい事を説得しますが「龍広」は立ち去る決意を固めていました。

第58話「諸葛亮、喪に服す」

周瑜が臨終の際に、「魯粛を大都督に託し欲しい」と意志があった事を、孫権から魯粛に伝えます。 さすがに魯粛も驚き戸惑いましたが、孫権の説得もあり大都督の任を引き継ぐことにしました。 周瑜の死は瞬く間に各地に伝えられ、葬儀は盛大に執り行われています。 孫権・魯粛・呂蒙をはじめとする、名だたる重鎮たちが参加して泣き崩れています。 そんな中、諸葛亮(孔明)も葬儀に馳せ参じます。

第57話「周瑜の死」

劉備の治める荊州(襄陽)に訪れた魯粛は、朝廷より「南郡」と「江夏」の太守に命じられたので明け渡して欲しいと申し出ます。 諸葛亮(孔明)は、「南郡」と「江夏」は荊州の重要な拠点のため、明け渡すことはできないと予想通り断ります。 そこで、魯粛の本題である提案を持ち掛けます。 劉備が他の土地を手に入れたら荊州を譲る約束をしたことを持ち出し、西蜀を討伐するように助言します。

第54話 「甘露寺に婿を招く」

劉備とその一行は、呉国太と孫権に対面するために、甘露寺(かんろじ)に赴きます。 対面する会場の周りには、呂蒙率いる伏兵が潜んでいました。 劉備の護衛についている趙雲は、小さな剣の音に気付いて、障子を壊して伏兵を見抜きます。 しかし劉備は、趙雲に武器を収めるように命令します。

第53話「孫権、兵符を返す」

孫策時代からの配下でずっと呉のために働き、今は全軍を任されているほど周瑜の事を信頼してきた孫権でしたが、 最近の周瑜の独断で軍をすすめることが多くなり、さすがに呉の主としてこれで良いのか悩むようになっていました。 そんな中のまたしても周瑜の独断行動に、遂に孫権は「この江東の主はそなたか? それとも私か?」と怒鳴ってしまいます。 すると、周瑜は笑いながら大都督の兵符を置いて立ち去ってしまいました。

第52話 「劉備、呉を訪ねる」

孫権からの縁談をもちかけられた劉備は、年齢なども考えても釣り合うはずがないと戸惑っていました。 しかし、諸葛亮から縁談を受けるように勧めてきたので、受けることを決定します。 確かに縁談が上手くいけば、孫家と劉家が婚姻関係を結ぶので、魏の曹操にとっては脅威となる事は間違いありません。 劉備は孫乾を使者とし呉に向かわせます。

第51話 「再び荊州を求める」

劉備軍の荊州南部討伐の攻略が完了した矢先に舞い込んできた劉琦(りゅうき)死。 劉琦(りゅうき)に荊州を貸しておく条件で、引き下がっていた呉の孫権は、案の定動き出します。 孫権は、魯粛に劉備が治める荊州を、呉に返還してもらうように言い渡され、命を受けた魯粛は荊州に向かう途中、最前線に戻っていた周瑜に会いに行きます。

第50話「長沙の戦い」

長沙を守る韓玄の配下には、猛将で有名な黄忠が配下にいるため、諸葛亮は関羽に対して6000の兵を与えるといいます。 しかし関羽は、自分の手持ち500の兵だけで良いといって言うことを聞きません。 諸葛亮は、そんな関羽に「華容道での失策」を持ち出します。 腹を立てた関羽は、名誉挽回のために、すぐに出陣していきました。

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